飲み会

「今日は18時から歓迎会あります」という課長の声と共に、ブワッと全身に緊張感が走った。俺は椅子の背もたれに全体重を預け、深呼吸をした。

俺は人生で飲み会というものを2回しか経験したことがない。成人式の時、それとネットの気の合うゲーム仲間とした2回だけだ。あまり話した事もない、一回りも二回りも歳の違う大人と酒を飲むことなんて俺には経験がない。同じ新卒で入社した奴等もそんな経験はあまり無いとは思うが。俺は仕事を終え、現地に到着した。

歓迎会と言っても小規模なもので、参加者は10人そこらだったと思う。会社全体の大きな飲み会ではなく、俺が通っている部署の人間だけの粛々とした飲み会だった。

 

 

「え~、じゃあ○○君と小林君ね、ウチにようこそってことで、とりあえずカンパ~イ」

 

課長が乾杯の合図をする。

全員が手に持ったビールを掲げ、カーンと子気味良い音がした。

 

今年部署に入った新卒は俺と小林君の二人で、俺は飲めもしないビールを頼み、その場の雰囲気を乱さない事で精一杯だった。

 

「○○君も小林君も料理いっぱいあるからさ、食べなよ」

主任の松岡さんが声を掛けてくれた。

「ありがとうございます、頂きます。」と横で小林が女性社員と楽しそうに喋っている一方で飲み会でのルールなどまったく知らない俺は「マグロとサーモンぐらいしか食べれないけど、これマグロから手出しちゃっていいんかな・・・課長が先だよなあ」

何てことを考えていた気がする。

俺はとにかく気まずくならないようにするのに必死で、嘘ばかりついていた。

「ここらへん若い人が遊ぶような所何にもないけど、○○君休みの日とかなにしてるの?」

ツイッターとネットゲームです!!!!)なんて言えるハズもないので、適当に

「曲とか良く聞いてますね、コンポ(今まで使った事もないのに何故か実家から持ってきた)とかもあるんですよ」と誤魔化す。

「へー、どんな曲聴くの?」

....来た....この質問

「あ、あ」

「?」

俺は当時(今もだが)女性がウィスパーボイスで囁くいわゆる催眠音声にハマっていて、通勤中や就寝時にずっと聞いていたので、適当に音楽鑑賞とか言ってしまったのだ。

「あ~~~~~~~~~」

「.....?」

「ス....『スキマスイッチ』....とかですかね....」

「おー、スキマスイッチ

何故かは知らないが、その時頭の中にアニメ『鋼の錬金術師』でやっていたスキマスイッチのゴールデンタイムラバーという曲が流れていて、咄嗟に口に出してしまっていた。

「俺も結構聞くよスキマスイッチ、何が好き?俺はゴールデンタイムラバーとか結構聞いてた」

「あ....」

俺もそれしか知らない。というか邦楽なんて中学校の時に聞いてた『BUMP OF CHICKEN』しか知らない。

「....ははは」

 

苦しかった。

 

 

横では小林君が主任の松岡さんとアニメの話をしてそこそこ盛り上がっていたので、そちらの方が話せて楽そうだったので俺も混ざることにした。

「○○君もアニメとか結構見るの?」

「はい!アニメは~~見ますね。『コードギアス』とか好きですよ」

「お、いいね~。じゃ、『マクロス』とかは?」

「あ、聞いた事ありますよ」

「あとはね、『ぼくらの』とか知ってる?」

「....あ~、聞いた事ありますね」

「....それじゃ、『まどマギ』は?」

「....聞いたことは....」

 

苦しかった。

 

 

――――――――

 

 

そんなこんなで一時間くらい居座った後、課長から「そろそろ時間だな」と伝えられた。

 

「まだ時間あるな~~、そこのカラオケいくか?」

「あ、すいません子供の面倒見なきゃいけないので今日は失礼します」

「そっか~。あ、お前は来るよな?」

本当に行きたくなかった、このメンバーで俺が歌える歌があるのか、考えるだけで寒気がした。

「....あ~、すいませんが...」

「え?」

「あ、今日は失礼...」

「なんで?」

「いや、お酒弱くてもう眠くて」

 

「お前さ」

「そんなの『分かった、お疲れ様~』ってなると思ってるわけ?ウチ入ったばっかでさ、今日仲良くなろうと思ってセッティングしてさ。だったら最初から~~~~」

 

もうその後主任が何を言っていたかは覚えていない。

 

「す、すいません」

「ハァ....、じゃ明日ね」

俺はその時主任に対する文句も出てこず、ただ恐怖と、この先どうなるのかという不安で頭がいっぱいだった。

 

 

「あ、じゃあお疲れ様でした。ご馳走様でした」

返事はなかった。