健常者
足音...
足音が。
健常者の足音が近づいてくる....
終わり
燻る淹れたてのコーヒーの煙を眺める。時刻は18時を回ったところだった。
「はぁ〜〜〜〜」
原爆みたいなため息が勝手に口から出てくる。今日は飲み会だった。
この日まであった飲み会を、5回くらい断っていたため今日は行かなきゃいけないなと思った。社会という牢獄で働き始めて数年経った。会社での居心地を悪くしないためにも、先に投獄されていた先輩方と良い関係を保たねばならない。
詳細を確認する為、送られてきたメールを開く。本文には、会費 : 男性5000円 女性3000円の文字。この差、何?
―――――――
「えー...、色々と忙しい期間も終わって。お疲れ様でした、ということで乾杯」
ススーッ...
何気なく一番端の席に座りひたすら先出しの大根サラダを消費する。
大根サラダを無限に消費していく傍ら、注文をまとめて店員に伝える。
こういうのは若輩者の俺の役目なので....
時間が過ぎていき、一杯目、二杯目のグラスが次々と空けられていく。お酒があまり得意ではない俺はまだ一杯目のビールをちびちびと飲んでいると「おい〇〇!、ちゃんと飲んでるか?飲まないなら飯食え、メシ」
「ッス...」
時間が経つにつれて、話題も尽きてきたのか仕事の愚痴と、この中で一番若い俺ともう一人の同期への説教じみた小言ばかりになった。
「〇〇って先週の飲み会来てたか?」
「行けなかったですね...用事があって」
「あんまり酒も飲まないからこういう集まりは苦手だと思うけど、もうちょいコミュニケーションとってもいいと思う。酒の力を借りてな、こういう場でしか普段話せないこともあるからな」
「えぇ、まぁ、そうですよね」
「二次会、川村さん(本社から助っ人に来た人)も行くってよ。〇〇も来るだろ?」
「いや、本当もう、それでいいと思いますよ」
返事はなかった。
―――――――
二次会を適当なタイミングで抜け出し、駅に自転車を取りに行き、帰路に着く。明日は土曜日。もう家に帰って寝るだけなので火照った体を冷ますようにと、いつもとは違う帰り道を自転車で軽快に進んでいくと、街を見下ろせる小高い丘に着く。キラキラとした街並みに目が移った。
そこには人の流れがあり、街の灯がある。生活があった。それぞれの人生があった。そうか、これで、これで良かった。これが良かったんだ。
片手に降ろしたビジネスリュックを背負い直し、自転車に跨り自宅までの坂道を降っていく。
『寒っ‼︎』
もう11月も終わる頃、平成最後の冬だった。
■
ヒラタオオクワガタ
それでも想い出は色褪せないから
以前、学生の時に某電気通信事業社のコールセンターでアルバイトをしていた時の話。新しい通信サービスが始まるという事で、それに伴いオープニングスタッフを募集していた。
「時給高いな....応募してみるか」
自称、電話口なら態度武蔵坊弁慶の俺は早速電話をかけた。
結果から言うと採用された。面接に行って、簡単な数学の問題をやらされて(なんで?)終わり。そのまま軽く説明受けて、職場に入るためのカードキーやらなにやら貸与されてその日は帰らされた。
―――――――
「じゃ、休憩頂きますね」
「う~い」
アルバイトが始まって一ヶ月が経った。
業務初日に声を掛けてくれて、仲良くなった隣の席のニイちゃんに断りを入れて休憩室に向かう。休憩室の隅の方でyoutubeを見ながらニタニタしていると
「え!○○先輩ですよね?」
「ヒャ」
「え~!何でいるんですか(笑)」
中学の時の後輩だった『のぞみ』だった。おっぱいがデカかった。
「あ、バイト....」
「そりゃバイトでしょ(笑)」
「まぁ....」
「○○先輩いたんですね、一カ月も経つのに全然気付かなかったです」
「まぁ、人多いしね。それに休憩時間もみんなバラバラだから」
「先輩の席どこです?」
「出口側の方の端っこ」
「あ~、私まるっきり反対側ですもん」
「ふーん」
「あ、休憩時間終わりますね。戻りましょうか」
そもそも何で知り合いなのかというと、中学時代『のぞみ』の部活の先輩だった女子と仲が良く、その関係で『のぞみ』とも絡む事が多かった。学校で会えば挨拶をしてくれる、街中で会っても声を掛けてくれるし、先輩女子を交えて遊んだ事だってある。でもそれだけ。それ以上でも、それ以下でもない関係だった。あとおっぱいがデカかった。
―――――――
「○○先輩~!」
「ヒャ」
午後22時。その日の業務が終了し、荷物をまとめて帰ろうとしていると、『のぞみ』に声をかけられた。
「よかったら今からご飯とか行きませんか?」
Fカップの胸を見る俺。
ま、当然行きますわな
二人でビルを出て、オフィス街を歩く。中学の時の話や、最近あった事とかを適当にアホ面で話しながら歩いていると
「あれ、のぞみ?」
「あ、タツヤとリョウマじゃん!」
『のぞみ』と同じ部活で、当時『のぞみ』と付き合っていた後輩の『タツヤ』だった。
体育会系....プリクラを撮る時に拳を握り、片腕を前に出すポーズ(チャリで来たの奴)をするようなオラついた兄ちゃんである。
「久しぶり、何してんの?」
「え?うーん、○○先輩とご飯食べに行く所だったよ」
「....あっ、○○先輩チャース」「ッス」
「....ウス」
この二人は話した事もほとんどなかったので気まずかった。
「あ!そうだ、みんなで飲みに行かない?」
「え?いやメシ行くんじゃなかったん?悪いだろ」
ウンウン
「いいよ!いいですよね?センパイ」
いいのか....
―――――――
「お疲れ様ー!カンパーイ!」
何がお疲れ様なのか、結局4人で食事をする事になった。
「〇〇センパイは、今どんな事勉強してるんですか?」
「プログラミング....とか...」
「あ〜〜、パソコンっスね」とタツヤ。
「えー、難しそー!」とのぞみ。
「そういえば」
これはリョウマだった。
「そういえば3組に加藤いたじゃん、あいつにこないだ偶然会ったんだけど、そういう系の勉強してるって言ってたぜ」
「うわー!加藤とか懐かしいな!」
「ね、懐(ナツ)い笑」
誰だよ。
そこからはもう、会話に混ざることが出来なかった。3人は同級生あるあるで盛り上がっていた。俺はメニュー表に載っている「ウチの店のこだわり」を端から端まで読むことしか出来なかった。
―――――――
「楽しかったー!ご馳走さまでした!」
「ゴチです!」「ッス!」
「アッス」
飲み代は俺が出した。ただ生まれたのが一年早いだけの、俺のちっぽけなプライドと周りの目を気にして。誰も俺の事なんか気にしていないのに。
改札手前で時刻表を見て、終電がない事を確認する。
「帰りのタクシー代....はあるな」
帰れるだけの金がある事を確認した俺は薄くなった財布を無造作にポケットに突っ込み、そのままタクシープールへと向かった。
真っ暗
「よし」
俺はネクタイを締め、一息つく。
六月の終わり頃、俺は何個か受けた内の一社から連絡が来た。どうやら「最終面接をやるから来い」とのこと。
面接場所に着くと、俺の他にもう一人相澤君(だったはず)が座っていて、「緊張しますね~」とか言ってきたから「そうですね」なんて適当に返事してた気がする。
「それでは面接を始めます、宜しくお願いします」
俺の目の前でパイプ椅子に座ってる優しそうなオッサンは元社長、現役員とかいう肩書きを持った偉いオッサンらしい。いつも通りテンパりながらワケの分からないことを言って終了。まあダメだろうなんて思ってたら、スマホに就職担当の先生から連絡が来る。
「あのなあ〜、お前靴下」
「え?」
「足元まであっちはちゃんと見てるんだからな」
やっぱりダメだった。
その日俺は普通のスニーカーソックスを履いていた。まぁ黒いしここまで見えないだろ、とか思って履いてた。あの黒くて長い靴下捜すの面倒だったから。
絶対それだけが原因なワケないと思ったけど。社会不適合者か?
あとは適当に九月に受けた会社で「御社から内定を頂けた場合、就職活動は辞めます」とか言ってた。これにて就職活動終了。
この後は友達と蔵王にスノーボードしに行ったり、何も考えず1日中ゲームしたりおもむろにとらドラ!を全話見たり(4周目)してた。今思うと、人生で一番楽しい時間だったかもしれない。
そんなある日、俺は友達に誘われてカラオケに行った。他にもネットカフェとかビリヤードとか色々できる施設だった。そこには雀卓もあって麻雀もできるようになっていた。
俺はネットマージャンしかやった事はないが、少し興味はあったし誘われたので麻雀ルームに入っていった。そこには中学時代の旧友がいて、久々に会話することができた。
「えっ!○○じゃん久しぶりー!」
「あ...ひ、久しぶり、元気?」
「全然元気だわ笑、○○麻雀できるんだ」
「いや、ゲームの奴しかやったことないけど....」
「いけるっしょ、いけるいける」
「あ、うん」
久しぶりにあった旧友と、俺は何故だか上手く会話することができなかった。就活のストレスで俺はコミュ障になっていた。
中学生の時どうやって話してたっけ?よく一緒につるんでいた友達なのに、中学を卒業してからは全く連絡を取っていなかった。素早く突き刺さるロン、速度を上げなければと思って鳴いた。しかし鳴いたのではなく、泣いていたようだ。涙と点棒が、こぼれ落ちた。